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港川人の後、島々に土器が現れるまで

琉球通史 004

沖縄本島の洞窟では、子どもの歯と、人が打ち割った石が見つかっています。約2万年前の港川人(みなとがわじん)より後の人々が残した痕跡です。

氷期の終わりをはさむ約1万4千〜9千年前、島々の環境は変わり、土器の姿も見えてきます。沖縄本島と石垣島の発見から、この時期の人々の足跡をたどります。

目次

港川人の後にも、人々の痕跡が残っていた

港川人が生きた後、沖縄本島ではどのような暮らしが営まれていたのでしょうか。かつては、土器が現れる時代までの資料が乏しく、その間の人々の姿をたどることが困難でした。

その手がかりを増やしたのが、現在の南城市(なんじょうし)にあるサキタリ洞(どう)遺跡です。2010年の調査で、子どもの乳歯1点と、石英(せきえい)という石のかけら3点が見つかりました。周囲に残った木炭の年代などから、約1万4千年前のものと考えられています。

人のいない洞窟の発掘区画を描いた色鉛筆画。現実のサキタリ洞遺跡を正確に復元した図ではありません。

石のかけらは、自然に割れてできることもあります。研究者は、沖縄本島中北部で集めた石英を実際に打ち割り、洞窟から出たものと比べました。割れ口に残る打撃の跡などが共通していたため、人の手でつくられた石器と判断されました。

石器の材料となる石英は洞窟の周辺では得られず、30キロメートル以上離れた沖縄本島中北部から持ち込まれたと考えられています。人々は、近くにあるものを利用するだけでなく、離れた土地の石も手に入れていたのです。

こうした発見によって、港川人より後の時期にも、人が島で活動していたことを具体的に確かめられるようになりました。

氷期が終わり、島々を取り巻く海が変わった

これらの人々が生きたころ、世界は最終氷期の終わりへ向かっていました。約1万1700年前には氷期が終わり、現在まで続く温暖な時代に入ります。

海面の上昇は、それより前から始まっていました。大陸を覆っていた氷がとけ、海に流れ込むことで海水が増え、氷期が終わった後も海面は上がり続けました。低い土地が海に沈み、島の陸地は狭まっていきます。

石垣島でも、サンゴ礁を掘って採取した地層の年代や深さから、約9500年前にも海面の上昇が続いていたと推定されています。島々を縁どる現在のサンゴ礁も、海面の変化に応じながら、その後にかけて成長していきました。

浅瀬やサンゴ礁の広がる海岸の色鉛筆画。特定の年代の海岸線を復元したものではありません。

人々が暮らす陸地と、その周りの海は、氷期の終わりをはさむ長い時間のなかで、少しずつ姿を変えていきました。

石垣島と沖縄本島に、土器が現れた

こうした環境の変化と前後して、島々には土器が使われたことを示す資料が残されています。土器は、粘土などを形づくり、焼いてつくった器です。

石垣島の白保竿根田原洞穴(しらほさおねたばるどうけつ)遺跡では、約1万年前と考えられる土器のかけらが見つかっています。地層の中の木炭などに加え、土器に付着した炭も古い年代を示しており、複数の手がかりがその古さを支えています。

この地域では、以前は約4800年前からの土器文化が知られていました。白保竿根田原洞穴の発見は、土器を使っていた時期を大きくさかのぼらせるものでした。一方、見つかったのは模様のない小さな破片で、器全体の形は分かりません。

2019年に公表された研究では、土器の材料に含まれる成分を調べ、後の時代の土器の一部との共通性が見つかりました。この共通性が、土器づくりの技術の継承によるものか、似た材料を使った結果なのかは、今後の研究課題です。

地面に残る小さな無文の土器片を思わせる色鉛筆画。実際の出土品の形状・配置を示すものではありません。

沖縄本島のサキタリ洞では、約9千年前の地層から、表面に模様をつけた土器が見つかっています。棒状の道具を押したり引いたりして模様をつけた「押引文(おしびきもん)土器」です。石を割って道具にするだけでなく、土を形づくって焼いた器も使われるようになっていたのです。

2025年の発掘でも、この年代の地層から土器が追加で見つかり、イノシシの骨や、海の巻き貝であるヤコウガイの蓋も出土しました。土器とともに残された動物の骨や貝も、この時期の暮らしを探る資料になっています。

イノシシの骨と巻き貝などを思わせる色鉛筆画。実際の遺物の種類・配置を復元したものではありません。

ただし、土器を使っていたからといって、米や麦を栽培していたとは限りません。奄美・沖縄諸島では、土器を使いながら、魚介をとり、植物を集め、動物を狩る暮らしが、その後も長く続きました。このような暮らしを営んだ先史時代は「貝塚時代」と呼ばれます。宮古・八重山では異なる先史文化が展開し、時代の分け方も奄美・沖縄諸島とは異なります。

子どもの歯や石器、土器のかけらが見つかることで、港川人の後に続く島々の歴史を、以前より細かくたどれるようになってきました。


主な参考資料

  • 山崎真治ほか(2012)「沖縄県南城市サキタリ洞遺跡の発掘調査(2009〜2011年)―沖縄諸島における新たな更新世人類遺跡―」『Anthropological Science (Japanese Series)』120巻2号、121–134頁。論文
  • 山崎真治(2012)「新発見!12000年前の石英製石器と人骨について(下)」沖縄県立博物館・美術館。解説
  • 山崎真治「サキタリ洞遺跡」日本旧石器学会。解説
  • Walker, M. et al.(2019)“Subdividing the Holocene Series/Epoch: formalization of stages/ages and subseries/subepochs, and designation of GSSPs and auxiliary stratotypes.” Journal of Quaternary Science, 34(3), 173–186。公開要旨を参照。論文情報
  • NASA Sea Level Change Portal “How long have sea levels been rising? How does recent sea-level rise compare to that over the previous centuries?” 解説
  • 菅浩伸・河名俊男(2004)「海面上昇過程におけるバックリーフ成長型サンゴ礁形成」『日本地理学会発表要旨集』2004年度春季学術大会、197頁。発表要旨
  • 琉球大学(2019)「南琉球最古の土器の謎を解明 ~新たな非破壊的な理化学分析で明らかになった先史土器文化の変遷~」。Yamagiwa, K. et al.(2019), Journal of Archaeological Science: Reports, 26, 101879 に関する研究解説。研究解説/論文情報
  • 山崎真治(2013)「土器の模様いろいろ」沖縄県立博物館・美術館。解説
  • 山崎真治(2025)「【フィールドワーク】サキタリ洞遺跡の発掘調査2025」沖縄県立博物館・美術館。調査紹介

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